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阪神大震災と経験に対する覚書き.その2.

 さて,昨日からの続きですが…,被災した方々,本当に申し訳ないのですが,あの震災は,「幸運な震災」であったと思うのです.何が幸運だ!と思われる方々も多数おられると思いますが,あえて,このように表現させて頂きました.ぜひ,先をお読みください.

 まず,地震発生の時間帯が幸運でした.

 早朝に起こった地震でした.そのため未だ寝ていた人も多く,倒壊した家屋に押し潰されるという惨事が起きました.…確かに,この現実を考えると幸福などと表現してはいけませんね.

 しかし,この時間がもう少しづれて,朝食時であったとしたらしたらどうでしょうか?調理のために火を使います.火災の発生数がかなり増えていたことでしょう.また,一般的な2階建て木造家屋では,1階部が押し潰される被害が多くありました.起きているからと言って,逃げ出せるような揺れではありませんでした.当時(今も),1階に台所があり,2階に寝室を設けるプランが多く見られますから,更に被害は増えていたかと思います.

 例え,建物の倒壊からうまく生き延びたとしても,その後の火災に巻き込まれることが予想され…考えたくない状況です.

 さらに,時間がづれて,通勤時であったらどうでしょうか?阪神間では,数分おきに8から12両編成の通勤列車が行きかいます.しかもすし詰め状態で.地震の揺れにより列車が脱線したことは,まず,間違いないでしょう.それ以上に,線路を支えていた土手や橋脚が崩壊しましたから,列車が空中へ投げ出されたことも考えられます.

 阪神高速も渋滞かもしくはそれに近い状態だと考えられます.そのまま横倒しになった高速道路.その真下の国道も同様の車の数….乗車していた人が助かることは考えられません.それ以上にそれだけの数のガソリン車が無事でいるわけがありません.

 あの震災では,木造家屋の被害よりも,地震に強いとされていたコンクリート構造物の被害が顕著になりました.避難場所に指定されていた,小中学校が避難場所に使えないという皮肉な結果にもなりました.しかし,これは事後の問題点.もし,日中,生徒達で満室の小中学校に地震が起きていれば….病院やスーパー,百貨店など,同様に多数の人数を収容できる建物も同様の被害が考えられます.

 あの早朝に起こった地震.私もベッドで寝ていました.暗闇が恐怖を倍増したかもしれません.実際に報告されている時間よりも,長くゆれ続けているように感じました.逃げることなど到底できない,何もできない,ただじっとして治まることを待つしかない大きな揺れでした.

 暗闇で何もできない.いや,できなかったからこそ助かったとも言えました.

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